東京の会社と福岡の会社が契約公正証書を作る場合、両社が同じ公証役場へ移動しなくて済む可能性があります。ただし、Zoomで条項を読み上げて終わりではありません。嘱託の方法、本人・代理権の証明、公証人による真意確認、クラウド上の原本への電子サイン、電子署名、正本・謄本の交付まで、制度の手順に沿う必要があります。
2025年10月1日の制度開始後、公正証書は原則として電磁的記録で作成されます。希望すれば、一定の要件の下でウェブ会議によるリモート方式を利用でき、正本・謄本に相当する証明書も電子データで受け取れます。一方、本人確認資料を郵送する場合や、紙で証明書を受け取る選択は残っています。
「電子公正証書」という一語が、原本形式、申請方法、列席方法、受取方法をまとめて見せるため、誤解が生まれます。四工程を分ければ、自分がオンライン化できる範囲と、役場へ行く方が安全な場面が見えます。
原本の電子化は制度の標準ですが、リモート列席は申出だけで確定せず、他の列席者の異議がなく、公証人が相当と認めることが必要です。
本記事は2026年9月8日に法務省と日本公証人連合会の現行案内を確認しました。対象となる法律行為、必要資料、公証人の判断、手数料は案件により異なるため、契約を締結する前に担当公証役場へ相談してください。
四つの「電子」を切り離す
原本、嘱託、列席、交付を別々に選びます。
第一は原本です。公証人が作成・保存する公正証書原本が電子データになります。第二は嘱託です。必要な情報へ指定された電子署名を付け、インターネットで提出できる選択です。第三は列席です。当事者や代理人がウェブ会議で公証人と相互に状況を確認します。第四は交付です。正本・謄本に相当する証明書を電子データで受け取れます。
四つは連動しますが同じではありません。原本が電子でも、公証役場へ出向いて対面で電子サインできます。リモート列席を使っても、本人確認の方法によっては実印を押した紙の嘱託書と印鑑登録証明書を郵送します。電子の証明書ではなく紙の交付を選ぶこともできます。
手続設計表には、原本、嘱託、列席、交付の四行を置き、各当事者が電子・対面・紙のどれを選ぶか記入します。契約相手が電子署名を持たないから全体が中止になるのか、本人確認だけ紙で補えるのかは担当公証人へ確認します。
「電子化された公正証書」と「一度も紙を使わず、どこからも出向かず作れる公正証書」は同義ではありません。
リモート可否は距離ではなく確認可能性で決まる
本人、真意、判断能力を画面越しに確認できるかを見ます。
遠方、病気、移動負担はリモートを希望する理由になります。ただし、距離が遠ければ必ず許可される制度ではありません。公証人は、リモートで本人確認、真意、判断能力、代理権、周囲から不当な影響を受けていないことを確認できるかを総合して相当性を判断します。
他の嘱託人に異議がないことも要件です。二者契約で一方が対面を求める場合、片方の希望だけでリモートへ固定できません。共同で利用方法を合意し、誰がどこから、誰と同室で参加するかを申出書へ落とします。
遺言、任意後見、養育費、金銭消費貸借、事業契約では、公証人が確認する事項が違います。本人の判断能力や自由な意思を慎重に見る案件では、通信環境が整っていても対面を求められる可能性があります。
事前相談で利用可能と言われても、当日の映像・音声、本人の状態、周囲の状況によって取り止めになる場合があります。契約期限の当日だけを候補にせず、対面へ切り替える予備日を持ちます。
最初の連絡で案件と参加者を具体化する
証書種類、当事者、代理人、参加場所を先に伝えます。
公証役場へは、作りたい証書の種類、契約案、当事者、代理人、希望日、リモート希望者、希望理由、各参加場所、電子証明書の有無を伝えます。「電子公正証書を作りたい」だけでは必要な準備が決まりません。
法人が当事者なら、代表者本人か代理人か、資格証明、印鑑証明、委任状、登記事項を確認します。個人なら氏名・住所・生年月日、顔写真付き公的身分証、印鑑登録証明書または指定電子証明書の方法を決めます。契約の対象、金額、期限、強制執行認諾の有無も手数料と証書案に影響します。
日本公証人連合会の案内では、リモート参加者について顔写真付き身分証明書の写しを事前に送り、ウェブ会議冒頭で原本を画面に示します。画面の顔と証明書の写真、氏名等を確認できる明るさとカメラ解像度が必要です。
代理人が参加する場合は、代理権の範囲が証書案と一致するかを確認します。委任状にない条項を当日追加すると、代理人が同意できず延期になることがあります。
パソコン一台だけでは電子サインできない
会議と署名を同時確認できる機器を用意します。
リモート方式には、パソコン、カメラ、マイク、スピーカー、対応ブラウザ、ウェブ会議中に受信できるメールアドレスが必要です。さらにクラウド上のPDF原本へ電子サインするため、タッチ入力可能なディスプレイまたはペンタブレットとタッチペンを用意します。
スマートフォンや一般的なタブレットだけでは、電子サイン中の手元と参加者の様子を公証人が同時に確認できないため、利用できないと案内されています。大画面で会議へ入り、別端末でサインすればよいと自己判断せず、指定環境を事前テストします。
会社のパソコンでは、ウェブ会議、外部メール、電子サイン用アプリ、PDF、カメラが情報システム部門の制限を受ける場合があります。インストール権限、ファイアウォール、VPN、USB機器、ブラウザ版を一週間前に確認します。
当日の接続確認だけでなく、PDF原本への電子サインとメール受信を含む一連の操作を試します。
リモート方式の機材要件は映像を見せるためだけでなく、署名中の本人と電子サインの動作を同時に確認するためにあります。
本人確認は電子証明書か紙の郵送かを選ぶ
証明方法により嘱託書の提出手段が変わります。
リモート方式の本人確認資料として、印鑑登録証明書を使う方法と、マイナンバーカードの署名用電子証明書等、法務大臣が指定する電子証明書を使う方法があります。どちらを使うかで嘱託書の提出方法が変わります。
印鑑登録証明書を使う場合は、証書の最終案を添付するなど嘱託内容を明らかにした紙の嘱託書へ実印を押し、印鑑登録証明書とともに郵送等で提出します。リモート列席でも、ここには紙と配送時間が残ります。
指定電子証明書を使う場合は、PDFの嘱託書へ電子署名し、電子メール等で提出します。単にPDFへ画像の印影を貼る方法ではありません。法務省が指定する証明書、鍵長等の要件、署名の検証環境を確認します。
法人の商業登記電子証明書、個人の署名用電子証明書、士業の認証サービスなど、利用できる証明書は公式指定を見ます。有効期限、失効、暗証番号、カードリーダー、署名ソフトを当日初めて試しません。
条項確認は画面共有より読み合わせを重くする
金額、期限、解除、強制執行を最終版で照合します。
公正証書は、合意の内容を公証人が公文書として作成するものです。金銭債務について強制執行認諾文言を備えた執行証書なら、不履行時に裁判手続を経ず強制執行へ進める効力があります。便利な電子契約の一種として軽く扱えません。
証書案では、当事者名、住所、目的物、金額、支払日、振込先、期限の利益、遅延損害金、解除、通知、費用負担、執行認諾を確認します。画面に長文が映っていても、重要条項をスクロールで読み飛ばす危険があります。最終版にページ番号・版番号を付け、変更履歴を止めます。
ウェブ会議中は公証人が内容を読み、本人の理解と意思を確認します。同席者が回答を指示しているように見えると、自由な意思の確認が難しくなります。参加場所を個室にし、助言者が同席する場合は事前に伝えます。
電子サイン前に、画面上の原本が合意した最終版か、金額・日付・氏名に誤りがないかを声に出して照合します。サイン後に見つけた誤字が法的意味を変える場合、訂正手続が必要になります。
移動時間が減っても、証書案を読む時間は減らしません。電子サインの直前に金額、期限、解除、強制執行の四点を再確認します。
電子交付と紙交付は提出先から逆算する
受領後の金融・登記・監査手続から形式を選びます。
電子の正本・謄本に相当する証明書を選べるようになりましたが、受け取った後の提出先が電子データを扱えるか確認します。金融機関、登記、執行、社内監査、取引先の手続で紙を求められるなら、最初から紙交付または追加交付の費用と日数を見ます。
電子データはメール添付のコピーを無秩序に増やさず、原本性・同一性を確認できるファイルをアクセス制御した保管場所へ置きます。ファイル名に案件、当事者、作成日、正本・謄本の別を付け、編集不可の運用にします。
紙は紛失・郵送のリスク、電子は誤送信・権限設定・長期可読性のリスクがあります。契約終了後も債権回収、相続、監査で参照する期間を見積もり、担当者退職後も開ける保存形式と権限継承を決めます。
手数料は証書の法律行為と目的価額で決まる本体に加え、交付方法等で異なります。日本公証人連合会は、公正証書に関する正本・謄本の紙交付は1枚300円、電子交付は1件2,500円などを案内しています。案件の総額は担当役場の見積で確認します。
当日は三つの中止条件を決めておく
本人確認、通信、意思確認に欠ける時は止めます。
第一は本人確認ができない場合です。顔・身分証が不鮮明、証明書が失効、代理権が不足なら、その場の便宜で進めません。第二は通信不良です。音声の途切れで条項や回答を確認できない場合は再接続し、解消しなければ延期します。
第三は意思確認が難しい場合です。本人が内容を理解していない、第三者が回答を誘導する、体調が悪い、証書案が直前に大きく変わった場合は中止・対面切替を想定します。契約締切、融資実行、支払日を同日に集中させると止めにくくなります。
中止時の連絡先、予備日、対面へ切り替える役場、原本資料、移動時間を共有します。公正証書作成が遅れた場合に、基礎契約の効力、支払、引渡しをどう扱うかも契約当事者間で決めます。
通信がつながったことを成功条件にせず、本人確認、条項理解、電子サイン、証明書受領までを完了条件にします。
どの案件に向くかを移動費だけで決めない
確認品質と不成立時の損失を比べます。
遠隔地の企業間契約、複数地域に当事者がいる契約、移動困難な人の手続では、リモート方式が時間と負担を減らします。文案が固まり、本人確認資料と機器を早く準備できる案件ほど運用しやすくなります。
一方、本人の判断能力を慎重に確認する案件、家族間で意見が割れている案件、代理権が複雑な案件、条項が直前まで交渉中の案件は、対面の方が誤解を減らす場合があります。電子か紙かに優劣を付けず、確認品質と不成立時の損失を比べます。
法人契約では、出張費だけでなく代表者・法務・経理の拘束時間、端末準備、電子証明書取得、社内承認、データ保管を含めます。リモート化のために初めて電子証明書と機器をそろえる一件目は、対面より費用が高くなることもあります。
民事裁判のmints電子提出、デジタル遺品のアカウント棚卸し、高齢者等終身サポート契約の確認、改正マンション法と総会・建替えも併せると、契約作成後の証拠・承継・手続までつながります。
予約前に一枚で役割を固定する
書類、機器、当日、保存の担当を分けます。
一枚目に証書の目的、当事者、代理人、公証役場、希望日を置きます。二枚目に原本、嘱託、列席、交付の方法、三枚目に本人確認資料と電子証明書、四枚目に機器と接続テスト、五枚目に費用と支払方法、六枚目に中止・対面切替を書きます。
担当者は、証書案の版を管理する人、本人確認資料を集める人、機器を試す人、当日参加する人、交付データを保管する人を分けます。誰か一人が全てを頭の中で管理すると、委任状や電子証明書の不足が当日に見つかります。
電子公正証書の価値は紙をなくすことだけではありません。距離のある当事者が同じ原本を見ながら公証人の確認を受け、作成後の証明書を速やかに管理できる点にあります。その価値を得るには、オンラインという言葉ではなく、四工程の選択と確認証拠を設計する必要があります。
リモート公証の合格条件は役場へ行かなかったことではなく、対面と同じ水準で本人、真意、条項、署名を確認し、使える証明書を受け取れたことです。
参考情報
制度開始、本人確認、機器、交付を支える公式資料です。
以下は2026年9月8日に内容と到達性を確認した一次情報です。
よくある質問
気になる質問を開くと、本文の重要点を短く確認できます。
Q電子公正証書なら必ずオンラインで完結しますか?
A原本は原則電子化されましたが、嘱託、列席、交付は別の選択です。本人確認資料を紙で郵送する場合や、公証人の判断で対面となる場合があります。
Qスマートフォンだけでリモート方式を使えますか?
A日本公証人連合会は、署名中の本人と電子サインを同時確認できないため、スマートフォンや一般的なタブレットだけでは利用できないと案内しています。指定のパソコン・入力機器を用意します。
Qマイナンバーカードがなければリモート参加できませんか?
A署名用電子証明書を使う方法のほか、実印を押した紙の嘱託書と印鑑登録証明書を郵送する方法があります。案件と本人確認方法を公証役場へ相談します。
Qリモートを希望すれば公証人は認めてくれますか?
A他の列席者に異議がなく、公証人が本人確認、真意、判断能力等をリモートで確かめられ相当と判断する必要があります。事前相談後も当日の状況で中止になる場合があります。
Q電子の正本・謄本だけで強制執行できますか?
A具体の執行・提出手続が電子データへ対応するかを提出先と公証役場へ確認します。必要なら紙交付も選び、執行文や送達証明など別の要件も確認します。
Qリモート方式は対面より安くなりますか?
A移動費は減る可能性がありますが、証書本体の手数料、電子・紙の交付、電子証明書、機器準備、郵送を含めて比較します。案件別の見積を担当公証役場へ求めます。