家族写真はスマホにある。銀行はアプリだけ。毎月の支払いはカード明細に並ぶ。この暮らしで本人が亡くなると、遺された人は「何を持っていたか」を調べるところから始めることになります。通帳やアルバムを探すのと違い、そこに契約があること自体が見えません。
そこでパスワードを一枚に書けば終わり、とはいきません。スマホを開けても証券口座の名義は変わらず、写真を引き継げても有料サービスの契約は別に残ります。反対に、本人のログイン情報を知らなくても、相続人として公式の手続きを進められる金融機関もあります。
デジタル遺品の準備は、端末を開く、思い出を受け取る、財産を相続する、請求を止める、の四つを分けるところから始まります。
この記事は、本人が元気なうちに家族へ何を残すかを考えるためのものです。すでに相続が発生している場合にも、どの窓口へ何を頼むかを整理できます。2026年9月5日に事業者と国民生活センターの資料を確認しました。個別の相続分、遺言の有効性、税額を判断する記事ではありません。
「入れる」と「受け取れる」は違う
ログイン情報がなくても進められる正式な照会があります。
ネット銀行のアプリへ入れたとしても、家族が本人になり代わって送金すればよい、という話にはなりません。誰に帰属する財産か、誰が手続きをする権限を持つかを確認する工程が残るからです。ログインできることを、処分してよい根拠にしないことです。
楽天証券は、相続手続きの申込みと公的書類の確認後に、故人口座を確認するための閲覧用のID・パスワードを案内しています。資産を受け取る側には同社の口座が必要です。本人の秘密を解読する道だけでなく、相続人として照会し、名義を移す道が用意されています。
家族向けの台帳へ「楽天証券に口座がある」と残すだけでも、探す範囲は大きく狭まります。残高は変わるので、過去の数字を確定額として渡すより、利用先、口座を識別する情報、安全な書類の保管場所、相続窓口を残すほうが後の照会につながります。
金融資産は、故人としてログインすることより、取引先を特定して相続人として照会できることが大切です。アクセス権と財産の帰属を混同しません。
証券の含み損益や相続税評価を、最後に見たアプリ画面の金額だけで決めるのも避けます。死亡日の記録や取引履歴など、必要な資料を金融機関へ求めます。共同相続、遺言、負債、期限が関わる場合は、事情に応じて弁護士、司法書士、税理士などの専門家へつなぐ領域です。
家族に渡す一枚は、秘密の一覧ではなく所在の案内
利用先と希望を、認証情報から分けて残します。
最初の台帳は、サービス名、残したいもの、請求元、手続きする相手、関連書類の保管場所で作れます。「写真を娘に残す」「動画配信は終了したい」「証券口座は相続窓口へ連絡」のように、希望と行き先を書き分けます。これなら、家族全員へ同じログイン権限を渡さずに話し合えます。
パスワード、回復コード、アクセスキーなどは、台帳と同じ公開範囲に置く必要はありません。別の安全な保管先へ分け、誰が、どんな場合に取り出せるかを決めます。共有のメモアプリや家族チャットへ秘密を大量に貼ると、生前の紛失・誤送信の被害まで広げます。
台帳の役割は「ここに全部入っている」と保証することではなく、必要な窓口まで迷わず到達させることです。何も契約していないサービスまで埋める必要はありません。銀行・証券、写真、メール、通信、有料契約から、実際に使っているものだけ拾います。
サービスの所在を伝える台帳と、アクセスキーなど秘密の控えは、見せる相手と保管方法を分けます。
たとえば「クラウド写真、家族旅行のアルバム、本人のメールで登録、連絡先設定済み、控えは保管箱」という一行です。別の行には「動画サービス、終了希望、アプリストアから請求、請求メールは本人のメール」と書きます。名前が似たサービスでも、契約先と支払先が違うことを台帳で見分けられます。
Appleで残せる写真と、残せないパスワード
引き継げるデータの範囲には境界があります。
Appleの「故人アカウント管理連絡先」は、死後にApple Accountの特定のデータへアクセスする人を、本人が生前に指定する仕組みです。対象には写真やメモ、ファイル等がありますが、キーチェーンのパスワード・パスキーや、購入した音楽・映画等のライセンスは同じ扱いではありません。
申請には、指定時に作られるアクセスキーと死亡を示す書類が必要です。日本では死亡の記載がある戸籍謄本が必要と案内されています。相手がApple製品を使っていなくても指定は可能です。設定したつもりで終わらず、相手が控えの所在を知っているかまでが準備になります。
写真を引き継げる設定をしたからといって、銀行アプリのパスワードまで受け取れるわけではありません。思い出の承継と契約・資産の手続きは別に準備します。
複数人を指定する場合も、人数を増やせば必ず安心とは言えません。Appleは、指定された連絡先がデータの完全削除を含む判断をできると説明しています。保存を担当する人と削除を依頼する人が別々に動けば、家族の希望が衝突します。何を残すかを先に話し、受領確認前に削除しない合意を作っておきます。
Googleは「死亡」ではなく「利用が途絶えたこと」で動く
作動条件と通知相手を本人の生活に合わせます。
Googleの「アカウント無効化管理ツール」は、一定期間アカウントを利用しなくなった場合の通知やデータ共有を設定する機能です。共有先は最大10人で、相手ごとに共有するデータの種類を選べます。Appleの仕組みと同じ名前の機能を探すのではなく、何をきっかけに動くかから比べます。
ここでのきっかけは死亡そのものではありません。ログインやGmail等の利用状況を基に判定されます。長期入院など、生きていても利用が途絶える状況を考え、期間と通知先を選ぶ必要があります。本人の希望に反して情報が渡る設定になっていないかも見ます。
設定時点で指定相手へ通知が送られるわけではないため、家族に知らせず登録しただけでは、後日届く通知を不審なメールだと思われかねません。どのような連絡が届く予定か、本人が事前に説明しておくと受け取りにつながります。共有対象は必要な種類に絞れます。
Googleの無効化管理は、死亡を証明して始まる相続手続きではありません。一定期間使われないことを条件とするため、生前に作動する可能性も考えて設定します。
一つのメールアドレスが複数サービスの連絡先になっている場合、メールの削除は写真だけの問題で済みません。請求通知、契約変更、問い合わせの返信も見えなくなります。アカウントを削除する希望があっても、他の手続きとの順番を設計しておきます。
先にスマホを初期化すると、目的を失うことがある
再利用と、データを保存する作業は別です。
端末を再利用したいのか、中の写真が欲しいのか。この二つを最初に分けます。Appleは、故人の端末を別のApple Accountで使うには消去・復元が必要と説明し、パスコードで保護された端末を、データを消さずに解除する支援はできないとしています。
「ロックを解除できる」という説明が、アクティベーションロックの解除なのか、端末内データを保持した解除なのかを取り違えないことです。家族写真の回収が目的なら、初期化の前にクラウド、本人が残したバックアップ、共有アルバムなど、別の保管先の有無を調べます。
すでに本人が亡くなり、設定や手がかりがないときは、公式の故人アカウント窓口へ相談します。書類審査を経ても取得できるデータには限界があります。「家族なら必ず全部取り出せる」「専門業者ならどの端末も開けられる」と約束することはできません。
写真を残したい段階で、端末の初期化やアカウントの完全削除を急がないことです。再利用のための処理が、保存したいデータを失わせる場合があります。
初期化を保留する間は、端末を日常的に使い続けるのではなく、充電、通信、紛失、保管者を決めます。生体認証だけに頼っていた端末や、回線解約でSMSを受けられなくなるサービスもあります。携帯回線を止める日と、相続・解約の確認に必要な認証を受け終える日は同じとは限りません。
一方で、故人の私物を無期限に誰でも触れる場所へ置くことも避けます。相続人間で確認者を決め、端末名、保管場所、SIMの扱い、事業者へ連絡した日を記録します。解除を試行し続けたり、非公式な業者へ端末と本人確認書類をまとめて渡したりする前に、メーカーと各契約先の正式窓口を使います。
毎月の請求を止めるには、契約先まで戻る
支払先、解約窓口、最終請求を追います。
国民生活センターには、故人のID・パスワードが分からずサブスクの解約に困る相談が寄せられています。請求を止める準備では、サービス名だけでなく、直接契約か、アプリストア経由か、通信料金との合算かを記録します。同じ動画サービスでも、問い合わせ先が同じとは限りません。
口座やカードの支払いを止めることと、利用契約が終わることも別です。支払方法だけ変更されていないのか、解約の受付が済んだのか、最終請求がいつかを確認します。本人が生前に整理する手順は、サブスクの解約と自動更新の確認も併せて読むと、契約期間と請求日の違いが分かります。
月額1,500円の契約を二つ、手続きが遅れて6カ月払えば1万8,000円です。これは仮の金額ですが、問題は小さな請求が継続することだけではありません。家族が契約先を探し、名義や必要書類を問い合わせ、受付状況を追う時間もかかります。先に残す一行の価値は、料金の節約だけで測れません。
三井住友銀行の案内では、死亡の連絡後に故人口座の入出金が停止され、公共料金の引落しや家賃の振込等は口座変更が必要とされています。銀行への連絡を避けるのではなく、住まいの電気や家賃など、遺族の生活を続ける支払いを同時に洗い出します。
家族へ見せたくないものも、準備の一部
思い出、私的な記録、仕事の情報を分けます。
残したい写真と、私的なメッセージや仕事の記録を全部まとめて渡したいとは限りません。生前に共有アルバムへ必要な写真を選ぶ、仕事のデータを勤務先のルールへ戻す、渡したい書類だけ別に保管する、といった分離ができます。秘密をすべて公開することが終活ではありません。
保存したつもりで終わらず、受け取る側が写真を開けるかを生前に試すと、媒体やアカウントの行き違いを減らせます。
相続財産の分け方は、台帳の希望欄だけで確定しません。家族への連絡メモと、法的な方式を満たす遺言や各サービスの申請を混同しないことです。生命保険も、写真の引継ぎとは異なる受取人・請求の仕組みがあるため、生命保険の保障と受取人の考え方へ分けて整理できます。
実家に書類や機器が残る場合は、処分前に保管場所を共有します。空き家を売る・貸す・解体する判断と並行する場合でも、家財整理の速さと、データ・権利の確認の速さを同じにしない配慮が必要です。
今週やるなら、三つだけ実物で試す
台帳と保存先を受け取る側から確かめます。
まず、家族がサービス名の台帳を見つけられるかを試します。次に、渡す予定の写真を本人以外の端末で開きます。最後に、指定した連絡先と、アクセスキー等の控えの保管場所を確かめます。ログインの秘密を無制限に配る実験ではありません。用意した入口が本当に機能するかの確認です。
更新のきっかけも決めます。スマホの買替え、メールアドレスの変更、銀行口座の追加、家族の連絡先変更があったら台帳を見直します。「毎年いつか」より、生活の変更と結び付けたほうが、古い情報を残しにくくなります。
確認日は台帳の各行へ残します。サービス名が残っていても、請求経路や指定相手が古ければ、家族は誤った窓口を探すことになるからです。
残すべきなのは、すべてを開ける一つの鍵ではなく、何を残し、誰が、どの公式手続きで受け取るかが分かる道筋です。
参考情報
故人アカウント、契約、金融機関の公式案内です。
2026年9月5日確認。事業者ごとの手続き例であり、他社にも同じ条件があるとは限りません。
よくある質問
気になる質問を開くと、本文の重要点を短く確認できます。
Qエンディングノートに書けば相続の分け方も確定しますか?
A通常の連絡メモだけで法的な遺言や相続手続きに代わるとは限りません。台帳は財産や契約を見つける入口です。分け方の指定、相続人間の調整、税務は必要に応じて専門家へ相談します。
QApple製品を使わない家族も管理連絡先にできますか?
AAppleの案内では可能です。ただし申請時にはアクセスキーと死亡を示す書類等が必要です。相手が控えを受け取り、保管場所を知っているかまで確認します。
Q設定していなければ故人のデータは絶対に受け取れませんか?
Aそうとは限りません。事業者の故人アカウント窓口へ申請できる場合があります。ただし書類審査、暗号化、対象データの範囲による制約があり、取得は保証されません。
Qパスワードを家族チャットへ送っておけば十分ですか?
A十分ではなく、誤送信やアカウント乗っ取り時の被害も広げます。サービスの所在を伝える台帳と、秘密の認証情報の保管を分け、公式の引継ぎ設定を利用します。
Q写真を受け取ったらすぐアカウントを消してよいですか?
A関連するメール、請求、書類、別サービスへの連絡先が残っていないかを先に調べます。写真が別の場所で開けることと、他の手続きが終わったことを確認してから削除を判断します。