がん治療で三週間ごとに通院する社員へ、会社が最初に尋ねるべきなのは「いつ完治しますか」ではありません。通院日、治療後に症状が強い時間帯、避ける動作、勤務中に起き得る急変、本人が続けたい仕事を確認し、主治医が判断できる仕事情報を渡すことです。
2026年4月1日から、事業主には、疾病を抱える労働者が治療しながら働けるよう必要な措置を講ずる努力義務が設けられました。努力義務は「何もしなくても違法ではない」という免罪符ではありません。安全配慮、差別禁止、個人情報、就業規則、労働契約上の判断を、本人ごとの仕事と症状へ落とします。
両立支援の中心は診断名ではなく、どの仕事を、どの時間に、どの条件なら安全に続けられるかを本人・主治医・会社で具体化する往復です。
本記事は2026年9月8日に、厚生労働省の2026年版治療と就業の両立支援指針、事業場向けガイドライン、企業・医療機関連携マニュアル、様式例、改正法案内を確認しました。就業可否、配置転換、休業、復職、解雇の適法性は病状、仕事内容、会社規模、就業規則、合理的配慮、安全配慮で変わります。産業医、主治医、保健師、社会保険労務士、弁護士、両立支援コーディネーター等へ個別に確認してください。
努力義務を一律の制度へ変えない
病名ではなく、本人の仕事と治療に合う選択肢を作ります。
対象となる疾病はがんだけに限りません。脳卒中、心疾患、糖尿病、肝疾患、難病、メンタルヘルス不調、不妊治療等、反復・継続して治療が必要な場面が含まれます。ただし、同じ診断名なら同じ勤務制限になるわけではありません。治療方法、症状、職務、通勤、支援者で条件が変わります。
努力義務への対応を「病気の人は在宅勤務」「通院は全て特別休暇」と一律化すると、製造、運転、対人支援等で在宅化できない職務を排除します。時間変更、作業の一部免除、休憩、通院日の固定、短時間勤務、一時的な配置変更など、職務の本質を保てる複数案を用意します。
就業継続が安全でない期間には休業も選択肢です。支援の目的を出勤させ続けることにせず、治療専念、段階復帰、再評価を一本の経路にします。障害者雇用促進法上の合理的配慮に関係する場面は、両立支援指針だけで完結させません。
従業員50人未満で選任産業医がいない事業場も、支援対象から外れません。地域産業保健センター、主治医、両立支援コーディネーター等の利用可能な支援先を調べ、誰が仕事情報を整理するかを決めます。専門職がいないことを理由に、直属上司が診断書だけで就業可否を決める運用にしません。
制度周知には、利用しても評価や契約更新で不利益に扱わないこと、相談した事実を必要以上に共有しないこと、緊急時の例外を記します。ポスターの窓口名だけでなく、相談後に何が起きるかを三段階で示すと、本人は開示範囲を選びやすくなります。
努力義務への合格は制度名の新設ではなく、本人ごとに働ける条件を評価し、実行できない措置には理由と代替案を残せることです。
本人の申出から支援を始める
相談経路を複線化し、必要な健康情報だけを本人から受け取ります。
治療と仕事の両立支援は、原則として労働者本人の申出から始まります。上司が薬袋を見た、同僚が通院を聞いたという理由だけで、人事が病歴を調べたり医療機関へ問い合わせたりしません。本人が相談しやすい窓口、申出方法、利用目的、共有範囲を周知します。
本人は「迷惑をかけたくない」と症状を隠す場合があります。会社は全ての診断情報を求めるのではなく、安全と勤務調整に必要な項目を説明します。具体的には、通院頻度、就業上避ける負荷、時間帯による症状、感染・急変時の対応、措置の見込期間です。
直属上司へ最初に言いにくい人のため、人事、産業保健スタッフ、外部相談窓口等を複線化します。誰に相談しても同じ申出番号へつなぎ、本人の同意なく部署内へ病名が広がらないようにします。
相談の入口は増やしても、健康情報の出口は増やしません。本人に利用目的を示し、職務上必要な人へ必要な範囲だけ渡します。
主治医へ仕事を説明してから意見を求める
勤務条件を伝え、作業別の医学的条件を受け取ります。
主治医は患者の病状と治療を知っていますが、勤務先の仕事を自動的には知りません。「就業可」とだけ書かれた診断書では、夜勤、重量物、運転、高所、感染曝露、出張が可能か分かりません。会社は本人の同意を得て、勤務情報提供書へ職務、時間、休憩、通勤、作業環境、調整可能な案を記します。
主治医には、就業継続の可否だけでなく、避ける作業、望ましい時間、通院・治療後の配慮、措置期間、再評価時期を尋ねます。治療計画が確定していない場合は、確定を待って無期限に判断を止めず、短い暫定措置と次回確認日を置きます。
意見書の費用負担、取得時間、会社への提出先はあらかじめ定めます。繰り返し高額な診断書を本人だけの負担にすると、必要な更新が遅れます。会社様式を医療機関が使えない場合の代替も用意します。
主治医へ診断名の回答だけを求めず、実際の仕事と会社が調整できる選択肢を先に伝えます。
医師の「就業可」は白紙委任ではありません。仕事内容を示し、作業別の条件と見直し時期が分かる意見へ変えます。
医師の意見を会社の就業判断へ翻訳する
抽象的な配慮を時間、作業、場所、期間へ変えます。
主治医は医学的意見を示し、最終的な就業措置は会社が本人と相談して決定します。会社が医師の意見を無視してよいという意味でも、医師へ人事判断を丸投げしてよいという意味でもありません。産業医等がいる場合は、現場の作業と医学的条件を照合します。
例えば「疲労を避ける」という意見を、そのまま上司へ渡しても実行できません。連続作業は何分か、休憩をどこへ置くか、残業・夜勤・出張をいつまで外すか、目標量をどう変えるかへ変換します。営業職なら移動時間、製造職なら交替勤務と有害因子、医療職なら感染曝露と緊急対応を確認します。
会社が希望する職務と安全条件が両立しない場合は、別職務、一時休業、段階復帰を比較します。病気があるという事実だけで就業を禁止せず、実際の危険と調整可能性を記録します。仕事と介護の両立支援とは、本人の疾病と家族介護という支援理由を混同しないようにします。
健康情報を人事評価から離す
診療情報の原本と現場が必要とする就業条件を分けます。
健康情報は要配慮個人情報を含みます。診断書原本、主治医意見書、服薬、検査値を上司が共有フォルダーへ置かず、産業保健・人事の限定保管と、現場向けの就業条件を分けます。現場には「水曜午後は通院」「当面夜勤なし」等、配置に必要な情報だけを伝えます。
本人の同意は、一度署名を得れば全期間・全目的に使えるものとして扱いません。主治医照会、産業医共有、上司への措置通知、緊急連絡それぞれの目的と範囲を示し、撤回や変更の方法を伝えます。ただし法令上の義務や生命・身体保護で同意によらない扱いがあり得るため、根拠を個別に記録します。
PHRサービスの選び方で本人が健康データを管理していても、会社がアプリ全体を閲覧する必要はありません。会社が必要とする就業意見を正式な経路で受け取り、個人の生活データと切り離します。
共有するのは病歴の全体ではなく、支援を実行する人が必要とする就業条件です。原本の閲覧権限と現場への指示を分けます。
プランへ期限と撤退条件を書く
措置を実行できる単位にし、悪化時と改善時の切替を定めます。
両立支援プランには、本人の希望、治療予定、就業上の措置、開始日、終了・見直し日、担当者、緊急時、情報共有範囲を記します。「体調に配慮する」という文章だけでは、翌月の上司が実行できません。勤務時間、作業量、休憩、場所、夜勤、出張、運転を項目に分けます。
措置が現場で実行できるかも確認します。短時間勤務にしたのに同じ売上目標を残す、夜勤を外した代わりに連続日勤を増やす、在宅勤務でも会議を詰め込むなら、紙上だけの配慮です。本人の疲労、残業、欠勤、ヒヤリ・ハット、納期を定期面談で見ます。
抗がん剤治療後二日間に倦怠感が強いなら、通院日だけ休みにして翌朝から通常勤務へ戻す計画は合いません。火曜治療、水・木曜は在宅または休業、金曜に症状を確認するよう、治療の周期へ勤務を置きます。症状がずれたときに本人が自分で勤務区分を変えられるのか、上司承認が必要かも決めます。
措置を続けること自体が目的ではありません。症状悪化、安全条件を守れない、治療変更、本人希望の変更があれば、休業や職務変更へ切り替えます。改善した場合も急に全解除せず、段階的に戻し再発時の連絡先を残します。
休暇制度を治療の周期へ合わせる
一日、半日、時間、休業を治療と症状の周期に組み合わせます。
年次有給休暇は一日・半日単位だけでなく、労使協定を結べば年5日の範囲で時間単位取得が可能です。通院が二時間で済む人に毎回一日休暇を使わせる必要はありません。一方、治療後に症状が強い人へ短時間だけ戻ることを前提にもしません。
病気休暇、時差出勤、短時間勤務、テレワーク等の任意制度は、対象期間、賃金、賞与、社会保険、評価、申請証明を明記します。制度がなくても個別措置を検討できる経路を残し、正社員だけに限定する場合は合理的な理由を確認します。
傷病手当金、障害年金、民間保険等は就業・休業状況で扱いが変わります。会社が受給可否を保証せず、健康保険者、年金事務所、保険会社へ確認できる資料を本人へ渡します。遠隔モニタリングの仕組みを使う治療でも、数値監視を会社の勤怠監視へ転用しません。
休暇の使いやすさは制度数ではなく、治療の一日、半日、数時間という周期と、症状が強い翌日まで無理なく組み合わせられるかで決まります。
同僚への説明を本人と設計する
病名を広げず、業務分担と支援負荷を具体的に共有します。
業務を分担する同僚には理由を全て明かさなくても、期間、引き受ける仕事、判断権、問い合わせ先を伝えられます。「本人の事情でしばらく配慮する」だけでは不公平感が残ります。本人と相談し、病名を伏せたまま業務変更の目的を説明します。
同僚の負荷を支援者の善意だけに載せません。代替要員、優先順位の見直し、期限変更、応援予算を決め、残業と休暇取得を測ります。支援対象者の評価は、措置で外した業務を未達として減点せず、合意した職務と期間で行います。
業務分担表には「支援する」と書かず、顧客一次対応、承認、夜間連絡、出張を誰へ何月何日まで移すかを記します。復帰時には一斉に戻さず、本人が再び持つ仕事と代替者が続ける仕事を週単位で整理します。引継ぎが曖昧なまま両者へ通知が飛ぶ状態を放置しません。
ハラスメントや噂が出た場合は、本人へ我慢を求めず、相談・調査・是正へつなげます。研修では「病名を聞かない」だけでなく、本人が開示した情報をSNSや雑談へ出さない、善意で治療法を勧めない、仕事上の困り事は上司へ戻す行動を扱います。
三つの日付で見直す
次回受診、治療変更、措置期限で支援を更新します。
見直し日は、次回受診、治療変更、就業措置の期限という三つを置きます。月一面談を機械的に続けるより、症状が変わりやすい時期は短く、安定期は本人と間隔を延ばします。面談できなかったことを本人の協力不足として閉じず、連絡手段を変えます。
KPIは制度利用者数だけにしません。相談から初回措置までの日数、意見書の往復時間、措置の実行率、予定外欠勤、安全事象、復職後の定着、同僚負荷、本人の希望との一致を匿名集計します。利用者ゼロを「健康な職場」の証拠にせず、相談しにくさを確認します。
症状と治療は変わるため、措置を固定せず、受診・治療変更・適用期限で見直します。
復職や就業継続の判断に迷うとき、会社は診断名から結論を推測しません。病院の選び方で医療の選択を本人へ戻し、会社は仕事の選択肢と安全条件を具体化します。医療と人事の責任を混ぜないことが、本人にも会社にも必要です。
両立支援の完成は元の働き方へ戻した日ではありません。治療が変わっても本人が相談でき、会社が条件を再評価し、働く・休む・戻るを安全に切り替えられる状態です。
参考情報
2026年の努力義務、連携手順、健康情報、様式を支える公式資料です。
以下は2026年9月8日に内容と到達性を確認した一次情報です。
よくある質問
気になる質問を開くと、本文の重要点を短く確認できます。
Q治療と仕事の両立支援は2026年から会社の義務ですか?
A2026年4月1日から、事業主には疾病を抱える労働者の治療と就業の両立を促進するため必要な措置を講ずる努力義務があります。安全配慮、個人情報、合理的配慮等の別の法的義務も個別に確認します。
Q病気が分かった社員を会社判断で休ませてもよいですか?
A診断名だけで一律に就業を禁止しません。本人の申出、実際の職務、主治医の医学的意見、産業医等の助言、調整可能性を確認し、安全に働けない場合は休業を含めて判断します。
Q主治医の診断書に就業可とあれば通常勤務へ戻せますか?
A就業可だけでは夜勤、重量物、運転等の条件が分かりません。会社から仕事情報を伝え、避ける作業、勤務時間、措置期間、再評価時期を確認して就業措置を決めます。
Q上司へ病名を伝える必要がありますか?
A上司が支援を実行するために病名全体が必要とは限りません。本人へ利用目的と共有範囲を示し、勤務時間や避ける作業等、必要な就業条件だけを渡す設計が基本です。
Q通院には時間単位年休を必ず使えますか?
A時間単位年休は労使協定を結んだ場合に年5日の範囲で利用できます。会社の制度がない場合や治療後に一日休養が必要な場合もあるため、半日・一日休暇、病気休暇、短時間勤務等を比較します。
Q両立支援プランは一度作れば終わりですか?
A治療、症状、職務が変わるため、次回受診、治療変更、措置期限を見直し日にします。悪化時の休業や改善時の段階解除も事前に決めます。