居抜きの飲食店を買い、屋号とメニューを替えて翌日から営業する。以前は、営業者が別法人になるだけで新規許可を取り直す場面がありました。2023年12月13日からは、営業の事業譲渡でも、一定の条件を満たせば許可営業者・届出営業者の地位を届出で承継できます。
便利になったのは、審査がなくなったからではありません。食品衛生法は営業を譲り受けた者が地位を承継し、遅滞なく、譲渡の事実を証する書面を添えて都道府県知事等へ届け出る仕組みにしました。行政は承継後6か月を経過するまでの間に、少なくとも一回、業務状況を調査します。
買手が引き継ぐのは許可証の紙ではなく、許可された営業と施設、衛生管理を含む営業者の地位です。物件売買だけでは承継になりません。
本記事は2026年9月8日に、食品衛生法・施行規則、厚生労働省の事業譲渡制度説明、地位承継Q&A、届出様式、食品衛生申請等システム、運用通知を確認しました。自治体条例、営業の種類、施設変更、譲渡契約の内容により手続が変わるため、契約締結前に施設所在地を管轄する保健所へ図面と取引案を示します。
2023年改正で「新規許可」から「届出承継」へ変わった
営業譲渡を証する書面と許可番号を届出へつなぎます。
食品衛生法第56条は、許可営業者が営業を譲渡したとき、営業を譲り受けた者が許可営業者の地位を承継すると定めています。第57条により営業届出についても同様の仕組みが準用されます。相続、合併、分割だけでなく、事業譲渡が承継原因へ加わりました。
承継届には、譲受人、譲渡人、譲渡年月日、施設の許可番号、許可年月日などを記載し、営業の譲渡が行われたことを証する書類を添えます。法人番号、欠格事由、食品衛生責任者等、自治体様式で求める項目も確認します。
地位承継届の手数料や受付方法は自治体で確認します。オンラインの食品衛生申請等システムを使う場合、承継元のアカウントではなく、承継先のアカウントで手続する案内があります。システムへ送信しただけで受理と決めず、状態と補正連絡を追います。
譲渡日を迎えてから書類を探すのではなく、許可番号、譲渡証明、変更届、責任者をクロージング書類へ組み込みます。
全部譲渡と一部譲渡で分かれる
会社の部門ではなく許可営業の単位で譲渡範囲を決めます。
一つの施設で飲食店営業と菓子製造業の二つの許可を持ち、飲食店部門だけを譲るケースを考えます。厚生労働省Q&Aは、許可または届出がされている事業の一部を譲渡する場合、事業譲渡の承継規定の対象外となる考え方を示しています。
「会社の売上の30%だけ」という会計上の割合ではなく、許可された営業の全部が買手へ移るかを確認します。商号、ブランド、従業員、レシピ、仕入契約、在庫、厨房設備、衛生記録、顧客契約、営業上の債権債務のどこまでが移るかを譲渡対象一覧にします。
一部が売手に残るなら、買手の新規許可、売手の変更届、施設区画の分離が必要になる可能性があります。譲渡契約書に「本事業の一切」とだけ書かず、許可種類と施設番号を別紙で特定します。
会社の部門名ではなく、許可・届出の営業単位で全部が移るかを確認します。
厨房を変えるなら施設の同一性を先に聞く
現況と許可図面、改装後図面を契約前に照合します。
承継制度があるからといって、買手が床面積を半分にし、調理場を別棟へ移し、手洗い・冷蔵設備を入れ替えても同じ許可が続くとは限りません。施設の場所、構造、設備、営業種類の変更が、変更届で処理できるか、新規許可を要するかを自治体基準で確認します。
厚生労働省の運用Q&Aは、許可区域が変わる構造設備の変更がある場合でも、形式要件を備えた承継届自体は受け付ける必要があるとしています。ただし、それは改装後の営業適法性を保証する意味ではありません。無許可の増改築が前営業者にあれば、買手が問題を引き継ぐ可能性があります。
契約前の現地確認では、許可申請時の図面と現況を重ねます。給排水、手洗い、冷蔵・冷凍、区画、換気、防虫、便所、保管場所を撮影し、無届改装を抽出します。改装計画はクロージング前、営業開始前、承継後の三段階に分けます。
施設変更を承継後の内装工事として隠さず、現況差と改装後図面を保健所へ同時に見せます。
営業許可以外の名義は自動では移らない
消防、酒類、賃貸借、責任者を別々に承継判定します。
食品衛生法の地位承継が成立しても、賃貸借契約、消防、酒類販売業免許、深夜酒類提供飲食店営業、屋外広告物、道路使用、廃棄物契約、商標、デリバリーアカウントまで自動で買手名義になるわけではありません。
食品衛生責任者の変更、法人名称・代表者・連絡先、営業設備の変更は、承継届と同時または別の変更届が必要になることがあります。旧営業者の責任者が買手へ転籍しないなら、買手側で資格者を確保し、営業開始日から空白を作りません。
飲食店開業の許認可の新規開業表を再利用し、各許認可について承継、変更、新規、廃止を一行ずつ判定します。食品営業許可だけが承継できることを、店舗全体の営業継続と同義にしません。
HACCP記録は過去分も営業の品質を示す
承継日をまたいで逸脱と是正を追える状態にします。
買手が新しい衛生管理計画を作れば、過去の温度記録や苦情記録は不要になるのでしょうか。法令上の保存要件だけでなく、承継後の調査、食中毒・異物混入の原因追跡、仕入先ロットの確認に必要な期間を見ます。
デューデリジェンスでは、衛生管理計画、実施記録、冷蔵庫温度、加熱・冷却、清掃、防虫防鼠、従業員健康、検便、アレルゲン、仕入先、ロット、回収、苦情、行政指導、改善報告を確認します。紙かクラウドかではなく、日付、責任者、逸脱、是正を一件ずつ追えることを合否基準にします。
クラウドサービスのアカウントが売手法人名義なら、データ移行・閲覧権・退会後保存を契約で決めます。個人情報や従業員健康情報は、必要性と目的を絞って引き継ぎます。買手が閲覧できない過去記録を「譲渡済み」と扱いません。
HACCP記録は段ボールで受け取るだけでなく、逸脱と是正を検索できる形で、承継日をまたいで連続させます。
譲渡契約へ許可の停止条件を入れる
届出と施設確認が整う前に決済だけ進むことを防ぎます。
契約書には、対象営業と許可番号、譲渡日、施設・設備、在庫、衛生記録、届出協力、表明保証、行政指導、食中毒・回収時の責任を置きます。許可承継の見込みがない場合に代金決済だけ進まないよう、保健所との事前相談や必要届出を前提条件にします。
売手は、許可取消し、営業停止、改善命令、無届変更、回収、苦情、検査結果を開示します。買手は「営業許可証が壁にある」ことだけで適法性を判断せず、許可台帳上の名義・施設・営業種類・期限を保健所へ照会します。
賃貸借の承諾が遅れれば施設を使えず、地位承継だけ完了しても営業できません。賃貸人承諾、保健所届出、消防、決済、鍵渡し、在庫移転、システム切替の順序を同じクロージング表にします。
承継後6か月の調査を初日の運用から準備する
受理後の現場運用を行政調査まで連続させます。
行政は、事業譲渡による地位承継後6か月以内に少なくとも一回、業務状況を調査します。届出受理の通知を最終ゴールにせず、承継後の衛生管理が実際に動くことを確認します。
初日は、責任者、衛生管理計画、従業員教育、温度計、洗浄剤、アレルゲン表示、仕入先、緊急連絡、回収手順を確認します。最初の1か月は記録欠損と逸脱を週次でレビューし、売手の方法を変更した箇所を残します。
保健所の調査では、譲渡契約の価格より、営業の同一性、施設基準、衛生管理、責任者、届出内容と現況の一致が見られます。調査日程が未定でも、許可証、届出控え、図面、HACCP記録、改善履歴を一式にします。
承継日を境に衛生記録が途切れないよう、責任者と是正手順を営業時間前に引き継ぎます。
営業開始を決める八つの証拠
許可、施設、契約、衛生の一致を開店判断へ使います。
第一に許可・届出台帳、第二に譲渡対象の営業一覧、第三に施設現況と許可図面、第四に譲渡を証する契約、第五に地位承継届と受理状況、第六に他許認可、七番目にHACCP記録、八番目に承継後調査へ向けた是正表を揃えます。
八つのうち、許可施設と現況の不一致、営業の一部譲渡、無許可の営業種類があれば、開店日を先に確約しません。保健所の事前相談結果を契約・工事工程へ戻します。
八つの証拠には確認者、確認日、未解決事項、解消期限を付け、口頭で「問題なし」とされた項目も後から追える形にします。
店舗M&Aの価値は、内装や立地だけでは決まりません。買手が翌日から安全に営業でき、過去の衛生履歴を説明でき、承継後調査で届出と現場が一致することまでが、営業継続の価値です。
「許可を引き継げるか」ではなく、営業・施設・衛生記録が同じ単位で移り、初日から条件どおり動くかで譲渡可否を決めます。
在庫と表示は譲渡日をまたいで責任が続く
ロット・表示・回収責任を引継在庫へ載せます。
承継日に冷蔵庫へ残る原材料、仕込み品、包装済み商品は、買手が営業を開始した後に販売されます。仕入先、ロット、消費期限、保管温度、アレルゲン、原産地、添加物表示を引継在庫表へ載せます。価格だけを棚卸しし、衛生情報を渡さない取引は避けます。
売手ブランドのラベルを買手が使い続ける場合、製造者・販売者表示、問い合わせ先、回収責任が実態と一致するか確認します。営業者の名義が変わったのに旧社名のまま出荷すれば、事故時の連絡と回収範囲が遅れます。
譲渡日前の製造品に苦情や健康被害が出た場合、売手と買手のどちらが行政報告、回収、顧客対応、費用を負うかを契約で決めます。食品リコール対応のロット追跡を承継日前後で分断しません。
引継在庫は金額だけでなく、ロット、期限、温度、表示、回収責任を一品ずつ移します。
多店舗取引は許可番号ごとに閉じる
一括契約でも施設別の承継・受理・調査を確認します。
10店舗を一括で買う契約でも、営業許可は施設ごとに管理されます。一店舗の承継届が整ったことを全店の完了とせず、所在地、許可種類、番号、期限、譲渡範囲、変更、責任者、受理、調査を店舗別に並べます。
セントラルキッチン、倉庫、移動販売車、催事営業、ECの製造拠点が別なら、どの施設がどの商品を製造・保管・販売するかを商流図にします。本部機能の譲渡だけで各施設の営業者地位が移ると決めません。
クロージング後に一店舗だけ書類不足が判明した場合の代金留保、営業停止、再申請費用を契約へ置きます。全店同日オープンを優先し、未承継店舗で営業する選択をしないよう店舗別の開店判定を設けます。
デリバリー・EC・間借り営業を同じ許可だと思わない
調理・製造・保管施設ごとに許可を判定します。
店舗で調理した料理をデリバリー販売するだけの場合と、別のシェアキッチンで仕込み、ECで包装食品を販売する場合では、必要な許可・届出が違う可能性があります。売上チャネルの名称ではなく、どこで何を製造・調理・保管するかを確認します。
間借り営業では、施設の許可名義、使用時間、設備、原材料保管、清掃、責任者が貸主と借主のどちらに属するかを整理します。借主のブランドだけを事業譲渡しても、貸主名義の営業許可まで移るとは限りません。
デリバリープラットフォームとECモールのアカウントは、営業許可証の名義、銀行口座、表示責任者と一致させます。買手が旧アカウントを引き継げない場合、注文停止期間、レビュー・顧客情報、返金責任を契約へ置きます。
販売チャネルではなく、調理・製造・保管を行う施設ごとに許可と承継を判定します。
食中毒疑いがある案件は責任分界を日付で切る
仕入から発症までの時系列で売手・買手の責任を整理します。
譲渡直後に健康被害の連絡が入っても、原因食材が譲渡日前に仕入れ・調理されていれば、売手の行為と買手の保管・販売が重なる可能性があります。単純に発生日だけで責任を決めません。
仕入日、製造日、保存、販売日、喫食日、発症日、連絡日をロットごとに追います。行政への報告窓口を一本化し、売手と買手が別々の説明をして初動を遅らせないようにします。
契約では、承継日前の衛生違反、潜在クレーム、回収、検査、保険、資料提供、行政対応を定めます。店舗M&Aのデューデリジェンスで財務・賃貸借を見る際も、潜在的な食品事故を別の補償枠で確認します。
保健所から改善を求められた場合、売手の責任を争う前に買手が現在の危害を止めます。営業停止、廃棄、清掃、検査の判断者と費用精算を分けます。
参考情報
事業譲渡による食品営業者の地位承継を支える公式資料です。
以下は2026年9月8日に内容と到達性を確認した一次情報です。
よくある質問
気になる質問を開くと、本文の重要点を短く確認できます。
Q居抜き物件を買えば営業許可も自動で移りますか?
A自動では移りません。許可営業の事業譲渡があり、譲受人が地位承継届と譲渡を証する書面を提出する必要があります。物件・設備だけの売買なら新規許可を検討します。
Q飲食店営業と菓子製造業の片方だけを譲れますか?
A一部譲渡は承継規定の対象外となる場合があります。許可単位、施設区画、売手に残る営業を保健所へ示し、買手の新規許可や変更届を確認します。
Q厨房を改装しても地位承継できますか?
A変更の程度によります。承継届が受理されても、施設基準に合わない改装が適法になるわけではありません。現況と改装後図面を契約前に保健所へ示します。
Q承継届は譲渡後いつまでに出しますか?
A食品衛生法は遅滞なく届け出ると定めています。契約前に様式と添付書類をそろえ、譲渡日後ただちに提出できる工程にします。
Q承継後に保健所の検査はありますか?
A事業譲渡による承継では、行政が承継日から6か月以内に少なくとも一回、業務状況を調査します。施設、衛生管理、届出内容を初日から一致させます。
Q食品衛生責任者も自動で引き継がれますか?
A人の転籍や変更届は別に確認します。旧責任者が残らない場合は買手が資格者を選任し、営業開始日に空白を作らないよう保健所へ届け出ます。