EU向けにコーヒー、木材製品、天然ゴム部材、カカオ加工品を納める日本企業へ、取引先から「農園の座標を出してほしい」と連絡が来ます。座標だけ返せば終わるように見えますが、取引先がEUの情報システムへ提出するデューデリジェンス・ステートメントには、対象品目、数量、原産国、生産地、合法性、森林破壊リスクの評価が結び付いていなければなりません。
EUDR対応で日本の供給者が作るべきものは農園リストではなく、「対象CNコード―原料ロット―生産区画―生産時期―合法性証拠―出荷ロット」を往復できる数量付きの追跡経路です。
本記事は2026年9月2日時点のRegulation (EU) 2023/1115、2025年の改正規則、欧州委員会の2026年実施情報を確認して構成しています。EUDRは委任法令で対象製品が更新されるため、契約時に品名だけで判断せず、出荷時点のCNコードとAnnex Iを再確認してください。
まず「当社が申告者か」より商品と商流を決める
同じ製品名でもCNコードと輸入主体で、対象判定と申告者が変わります。
EUDRが扱う基礎コモディティは牛、カカオ、コーヒー、アブラヤシ、ゴム、大豆、木材です。すべての加工品が一律に対象になるのではなく、Annex Iへ列挙されたCNコードに入る商品が対象です。木製家具や紙、チョコレート、タイヤなどは仕様とコードによって判定が変わります。
2025年改正では、同じ対象商品を下流で販売・加工するすべての事業者がDDSを繰り返し提出する構造から、EU市場へ最初に置くoperatorまたはEUから輸出するoperatorを中心とする構造へ簡素化されました。下流事業者とtraderは、原則として自らDDSを提出しません。ただし最初の下流事業者は、供給者がoperatorならDDS参照番号などを集め、非SMEの下流事業者・traderは情報システムへ登録します。
2025年改正で下流の申告回数は減りましたが、産地データの品質責任が消えたわけではありません。最初のoperatorが申告できなければ、その後の加工・販売も止まります。
日本企業がEU域外の供給者としてEU輸入者へ販売する場合、通常はEU輸入者がoperatorになります。一方、EU子会社をimporter of recordとして自社グループで上市する場合や、EUから対象商品を再輸出する場合は役割が変わります。契約法人、通関主体、所有権移転、最初の上市を一つの商流図へ置きます。
適用日は会社規模と旧木材規則の対象歴で分かれる
2026年12月と2027年6月のどちらかを、EU側operator単位で確定します。
2026年の現行日程では、大・中規模operatorと、旧EU Timber Regulationの対象だったmicro・small operatorに2026年12月30日から適用されます。それ以外のmicro・small operatorは2027年6月30日です。日本の供給者側で従業員数だけを見ても、EU側のoperator区分は判定できません。
契約には「EUDR開始日」と一つだけ書かず、EU顧客の法人規模、役割、商品、旧EUTR対象歴を記録します。顧客が前倒しでデータ提出を求めるのは不自然ではありません。収穫地の座標や合法性証拠は、出荷後に遡って回収できないことがあるためです。
適用日の管理単位は日本の輸出会社ではなく、EU側のoperator、対象商品、旧EUTR対象歴の組合せです。契約上のデータ提出期限は法定適用日より前に置きます。
欧州委員会は2026年7月、対象品目の更新案と情報システムの技術規則を公表しました。追加品目には別の開始時期が設けられるものもあります。商品マスターには「対象/対象外」だけでなく、判定日、CNコード、根拠法令、適用開始日、確認者を残します。
座標は住所ではなく生産区画の境界を示す
集荷所や工場の所在地を、生産地のgeolocationとして扱わない設計が必要です。
コーヒーの集荷所、製材所、ゴム加工工場の住所は、生産地の位置情報ではありません。EUDRが求めるgeolocationは、原料が生産された土地の位置です。4ヘクタールを超える土地では、一点ではなく区画の周囲を表すpolygonが必要です。牛の場合は飼養されたestablishmentの位置情報を扱います。
農園名の表記揺れ、共同組合の会員番号、緯度経度の桁、座標系、区画境界の交差を検査します。同じ農園名でも別の土地があり、反対に一つの土地が複数の呼称を持つことがあります。supplier ID、producer ID、plot IDを分け、座標原本と変換後データの両方を保存します。
住所の確認ではなく、生産区画の境界、座標精度、重複、対象ロットとの対応を検査します。
座標を大量に集めても、どの出荷ロットにどの区画の原料が入ったか分からなければDDSを支えられません。位置情報と数量移動を同じIDで管理します。
コーヒー業界の供給者レジリエンス で代替調達を考える場合も、EUDR対象原料は緊急時だけ未確認産地へ切り替えない承認手順が必要です。
混合を禁止するのではなく適格ロットを閉じる
加工現場が運用でき、疑義発生時に止められるロット単位を決めます。
共同選果、倉庫のサイロ、焙煎前のブレンド、ゴムの配合、木材の加工では、複数生産地が一つのロットへ入ります。EUDRは対象商品に含まれる生産区画を申告できることを求めるため、不明産地を適格産地へ混ぜて平均化する設計は使えません。
入荷数量、加工歩留まり、廃棄、副産物、仕掛品、出荷数量を追い、入力を超える適格数量を販売できないようにします。マスバランスの会計だけで土地との結び付きが切れる運用は危険です。物理分離、時間分離、タンク・サイロの洗替え、バッチ封鎖のどれを使うかを工程ごとに決めます。
ロットが大きすぎると、一つの区画に疑義が出た時に全量を保留します。反対に細かすぎると倉庫・製造の運用が破綻します。「農園単位で分ける」ではなく、リスク、調達量、加工設備、回収単位を見て、停止できる最小単位を設計します。
EUDRで在庫価値を守るのは認証ラベルではなく、不適格または未確認の原料を、DDS対象ロットから数量と物理の両面で切り離せることです。
製造業の品質トレーサビリティ の回収単位と同じく、出荷先から原料へ戻る逆追跡も演習します。
森林画像だけでなく合法性の束を作る
森林破壊の有無と、生産国法令への適合は別の証拠で支えます。
対象商品は2020年12月31日より後の森林破壊に由来しないことに加え、生産国のrelevant legislationに従って生産されている必要があります。土地利用権、環境保護、森林関連規則、第三者の権利、労働・人権、税・貿易・通関など、商品と国に応じた確認が含まれます。
一枚の「合法証明書」で全てを代替しません。国・地域・商品ごとに法的論点を洗い、土地権原、許可、税・輸送書類、労働記録、先住民族・地域社会に関する確認、係争情報を証拠一覧へ結びます。文書の発行者、対象期間、対象区画、失効日、改ざん確認も記録します。
国のリスク分類がlowでも、違法伐採の具体的情報や座標矛盾があれば無視できません。リスク評価では情報の信頼性、腐敗、文書偽造、サプライチェーンの複雑さ、先住民族の権利、森林破壊の存在などを見ます。negligible riskと結論した理由を、入力データと承認者まで残します。
DDS参照番号を納品情報へ戻す
顧客側の申告番号を、PO、出荷、数量、原料ロットへ戻せるようにします。
EU側operatorが情報システムへDDSを出すと参照番号が付与されます。日本の供給者が番号を発行するとは限りませんが、どのPO、invoice、shipment、ロットがどのDDSへ含まれたかを顧客と突合できるようにします。
2025年改正後、下流事業者・traderは供給元と販売先の情報を集め、少なくとも5年間保存します。最初の下流事業者は、supplierがoperatorならDDS参照番号を保持します。日本企業から渡すpacking listやデータファイルにも、顧客側が参照番号を戻せるキーを用意します。
出荷承認では、対象品、数量、ロット、産地、顧客側の申告処理を一つのリリース記録へまとめます。
顧客が一つのDDSで複数shipmentを扱う場合も、適用期間、対象量、残量、修正・取消を追います。「去年と同じ番号」をコピーする運用は避けます。対象商品のCNコードや供給地が変われば、顧客のrisk assessmentも変わります。
120日で一商品を通し、広げる
全品一括の表集めではなく、一つの商流を端から端まで通してから展開します。
最初の30日でEU向け売上をCNコード別に出し、商流上のoperatorを顧客と確認します。対象候補を全社一括で集めず、売上・適用日・産地数・データ欠落で優先順位を付けます。
31日目から60日目は、一商品、一顧客、一供給地域を選び、plot ID、原料ロット、加工、出荷、顧客DDSのデータ辞書を作ります。座標の欠落率だけでなく、座標がロットへ接続できる率を測ります。
61日目から90日目は、合法性証拠と森林破壊リスクを評価し、疑義がある区画を保留する手順を試します。調達担当だけで解除せず、法務・サステナビリティ・品質が根拠を承認します。
91日目から120日目は、出荷から農園へ戻る追跡と、農園から全出荷先を探す追跡を演習します。目標は座標100%という単一数字ではありません。対象判定未了、plot接続率、数量差異、証拠期限切れ、疑義保留日数、DDS突合率を並べます。
本番前の合格条件は「データを集めた」ではなく、疑義のある一つの区画を指定した時に、影響する在庫・製造・出荷・顧客申告を期限内に止められることです。
サプライチェーン・コントロールタワー へEUDRデータを載せる場合も、地図の見栄えより元帳との一致を優先します。取引先のサイバーリスク管理 と同様、一次供給者の回答だけで下位層を確認済みにしません。
データ契約で「誰が直すか」を先に決める
提出形式だけでなく、原本訂正、顧客通知、出荷保留の責任と期限を合意します。
産地データは一度受け取れば固定される情報ではありません。農園の分割・統合、producerの変更、収穫期、CNコード、供給者階層、データ変換で更新されます。顧客指定CSVへ値を入れる作業だけを請け負うと、誤りを見つけても誰が原本を修正するか決まりません。
データ契約には必須項目、定義、単位、座標形式、言語、更新イベント、提出期限、検証方法、訂正、保存期間、個人・営業情報の扱いを置きます。EU顧客がリスク評価とDDS提出を担う場合でも、日本供給者が入力事実の正確性をどこまで保証し、顧客がどの判断を担うかを分けます。
農園の位置は個人の生活場所や土地紛争に関係する機微情報になり得ます。必要な相手へ安全に渡す一方、営業資料や公開地図へ無制限に出しません。アクセス権、暗号化、再提供、削除、事故通知を定めます。
訂正では旧ファイルを上書きせず、変更理由、影響ロット、顧客DDS、修正版、承認者を残します。顧客が既に申告した後に座標誤りが判明した場合の通知時間と出荷保留も決めます。
EUDRデータ契約の核心はファイル形式ではなく、誤りを発見した時に、原本・ロット・顧客申告を誰が何時間で訂正し、どの商品を止めるかです。
顧客から同じ原料について異なるコード体系を指定された場合も、顧客別ファイルを別々の原本にしません。社内のcanonicalなplot・lot・shipment IDを持ち、顧客形式へ変換します。これにより、訂正を全顧客へ漏れなく伝えられます。
まとめ
EUDR対応の完成度は、宣言の強さではなく追跡と停止の再現性で測ります。
EUDR対応は衛星画像サービスを契約すれば完成する仕事ではありません。対象品目とoperatorを決め、生産地、合法性、数量、加工、出荷、DDSを一つの追跡経路へそろえる仕事です。
日本の供給者がEU顧客へ提供する価値は「森林破壊はありません」という宣言ではなく、商品を止める判断に使える土地・ロット・数量・証拠の再現性です。
参考情報
以下は2026年9月2日に確認した一次情報です。
よくある質問 気になる質問を開くと、本文の重要点を短く確認できます。
Q 日本の輸出企業は必ずEUDRのDDSを提出しますか? A EU域外の供給者がEU輸入者へ販売し、EU輸入者が最初に商品をEU市場へ置く商流では、通常はEU輸入者がoperatorとして提出します。EU子会社が輸入主体になる場合などは役割が変わるため、契約法人、通関主体、最初の上市を確認します。
Q 認証コーヒーや認証木材なら農園座標は不要ですか? A 認証はリスク評価の証拠になり得ますが、対象商品の生産地geolocation、数量、合法性、ロットとの接続を自動的に免除するものではありません。認証の対象範囲とEUDRで必要なデータを分けて確認します。
Q 複数農園の原料を混ぜてはいけませんか? A 混合自体が一律禁止なのではありません。最終商品に入った全ての対象生産区画を特定し、未確認原料を混ぜず、入力数量を超える適格商品を販売しない管理が必要です。
Q 座標が一点あれば十分ですか? A 生産区画の面積と商品によって要件が変わります。4ヘクタールを超える土地はpolygonで境界を示す必要があり、集荷所や工場の住所は生産地geolocationの代わりになりません。
Q 2026年12月30日まで何も提出しなくてよいですか? A 法定適用日前でも、EU顧客はDDS準備のため早期に産地・合法性データを求めます。収穫後に回収できない情報があるため、契約上の提出期限は法定開始日より前に置くのが実務的です。